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戦争は終わらない

2013年 08月19日 21:00 (月)

戦争は終わらない


前回続き
http://kumablog59.blog.fc2.com/blog-entry-73.html


戦争終結後、シベリアで数年間、強制的に働かされる事になった。
シベリアってのは旧ソビエト連邦(現ロシア)の土地である。
それはもうとにかく寒い場所で、捕虜にまともな衣服が与えられる訳もなく、極寒の中、裸足で作業していたとか。


鼻水がカチカチに凍るんだって。


そんな中働かされるわけだから、そりゃもうばったばったと死んで行く。
仲間の死体を埋葬する穴を掘ったりするんだが、『いつか自分もこの穴に…』って思いながら掘るそうだ。


約100万人が捕虜とされ、生きて帰った人は約65万人…
三分の一の人は帰ってこれなかった。
じいちゃんは運良く三分の二に入れたわけだが、それには運の良さと、生きる知恵があった。


じいちゃんは元々手先が器用だった。
歳をとっても、ビデオデッキやテレビをバラしたり、修理したり、組み立てたりしてたくらいだから確かに器用だ。


その器用さを生かして、外での作業じゃなくて、建物内での作業を命じられた。
外で働く捕虜の為に靴を作る仕事だ。


建物の中は暖房が効いているので、そのおかげで助かった。



そうして長い強制労働を終え、やっとの思いで日本に帰ってくるのだが、それでもまだ戦争から解放はされていない。

『生き恥をさらして、よく戻ってこれたな!』そんな言葉をかけられる事もあったとか。


地獄を生き延びた人にかけられる声がこれでは、あまりに酷いじゃないか。


それでも時がたつに連れて、戦争中の騒がしさは無くなり、穏やかな日を手にいれるに至った。





そして私達は、そんな犠牲の上に生きている。


だからどうこうしろって話ではない。
ただ知って欲しい。それだけ。


そういえば、最近戦死者に対する考えが大きく変わった出来事があった。


どっかの国の元官僚だか何だかが、原爆の犠牲者追悼式典についてのTwitterでのつぶやきだ。


『原爆式典は独善的でうんざりする。原爆の犠牲者を悼む前に、日本が戦争した事で犠牲になった人達を悼むべきだろ』
といった内容だ。


このつぶやき(ニュースサイトで紹介されていたものだが)を見たときハッとした。


私は今まで、戦死者用のお墓に祈る際、日本人の犠牲者の事は考えたが、日本人以外の犠牲者の事は考えていなかった。


原爆犠牲者うんぬんの話は抜きにして、独善的という言葉がグサっときた。


今、戦時中のことがしきりに話題になっている。
戦争の事を忘れないという意味では、いい機会なのかもしれない。
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